1985年、オクラホマ州マスコギーで育ったスティーヴン・ワイリーが『Bible Break』というレコードを出しました。オクラホマ大学を出て、ジャズのドラマーをしていた彼は、そのころ少年拘置施設でチャプレン(施設付きの牧師)として働いていました。タイトル曲はキリスト教系のラジオで広くかかり、このアルバムは最初のクリスチャン・ヒップホップのアルバムとよく呼ばれます。

クリスチャン・ヒップホップは、最初はゴスペル・ラップと呼ばれ、クリスチャン・ラップ、ホーリー・ヒップホップとも言われます。ヒップホップのビートとラップで、キリスト教の信仰を歌う音楽です。ひとつの発祥地があるわけではありません。牧師、青少年の指導者、元ギャングのメンバー、大学生たちが、それぞれの街で別々に始めました。この記事では年代ごとに彼らの話をたどり、最後に発売順に並べた必聴アルバム12枚を紹介します。

ポイント

  • 呼び名:はじめはゴスペル・ラップ。いまはクリスチャン・ヒップホップ、クリスチャン・ラップが一般的で、ホーリー・ヒップホップとも呼ばれます。
  • 最初のアルバム:スティーヴン・ワイリーの『Bible Break』(1985年)が、最初のクリスチャン・ラップのアルバムとされています。
  • 大事なレーベル:トビーマックの Gotee Records、フィラデルフィアの Cross Movement Records、2004年にレクレーが共同で立ち上げた Reach Records、ポートランドの Humble Beast。
  • メインストリームのチャートへ:レクレーの『Gravity』は2013年のグラミー賞最優秀ゴスペル・アルバムを受賞。ヒップホップのアーティストとして初めての受賞です。2014年の『Anomaly』はビルボード200で初登場1位。
  • サウンド:ひとつではありません。サザン・ラップ、西海岸のアンダーグラウンド、東海岸の語り口、フォークや弦を取り込んだ実験的なヒップホップまであります。

1980年代:牧師と青少年の指導者が録った最初のレコード

ワイリーはひとりではありませんでした。ニューヨークで育ったマイケル・ピースも1985年にレコードを出し始め、のちにロチェスターで長く若者の支援に携わりました。クリスチャン・ヒップホップの「おじいさん」と呼ぶ人も多い存在です。1988年、『Spin』誌はワイリーに「神のグランドマスター」というあだ名をつけました。

ダラスでは、青少年担当の牧師フレッド・リンチと、彼のユースグループにいたバリー・ホーガンが P.I.D.(Preachers in Disguise、「変装した説教者」)を結成します。1988年にシカゴのコンテストで優勝してレコード契約を得て、1989年の2作目『Back to Back』は、全米の Top Inspirational Albums チャートに入った最初のラップ・アルバムになりました。

1987年、バージニア州リバティ大学の学生だったトビー・マッキーハン、マイケル・テイト、ケヴィン・マックス・スミスの3人が DC Talk を結成します。最初の2枚はヒップホップが中心で、1992年の『Free at Last』もヒップホップを土台にロックを取り込み、グラミー賞の最優秀ロック・ゴスペル・アルバムを受賞しました。DC Talk はやがてポップ・ロックへ向かいますが、トビー・マッキーハン、つまりトビーマックは Gotee Records を立ち上げ、このレーベルが多くのラッパーを送り出していきます。

1990年代:ストリート、アンダーグラウンド、自分たちのレーベル

ロサンゼルスの Gospel Gangstaz は、まったく別のところから始まりました。メンバーの何人かはクリップスやブラッズといったギャングとつながりがあり、創設者のミスター・ソロはギャングがらみの銃撃で死にかけたあとクリスチャンになりました。1994年にデビュー作『Gang Affiliated』を出し、1999年の『I Can See Clearly Now』はグラミー賞にノミネートされています。

同じロサンゼルス郡で、1993年にダックス・レイノサが自宅でオープンマイクを開き、そこから Tunnel Rats が生まれます。彼らはあえてメジャー・レーベルと契約せず、アンダーグラウンドを選びました。何十年かのあいだにメンバーは何世代も入れ替わり、カリフォルニアの人だけでなく、ボストン、テキサス、ニューヨークのメンバーも加わりました。

1996年、フィラデルフィアで Cross Movement が結成されます。彼らのやり方は、神学をラップに乗せること。メインストリームのラップと同じ激しいフロウ、オーケストラのサンプル、頭韻を使いながら、自慢話や暴力は歌いません。彼らのレーベル Cross Movement Records は、のちにテキサスの若者に手を貸すことになります。

ナッシュビルのコーヒーとボナファイドは、もともと DC Talk のダンサーでした。1990年に出会ったころに聴いた DC Talk が、ラップを始めるきっかけだったと二人は話しています。1995年に GRITS(「Grammatical Revolution In the Spirit」の頭文字)を結成し、トビーマックの Gotee が最初に契約したアーティストのひと組になりました。彼らの〈Ooh Ahh〉はのちに MTV の『My Super Sweet 16』や映画『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』のサウンドトラックにも使われ、教会の外の人たちにもこの音楽が届きました。

フロリダ州タンパの KJ-52 は、一通の手紙で知られるようになりました。2002年の〈Dear Slim〉はエミネムに宛てた曲で、MTV の『Total Request Live』で流れました。名前の「52」は「ファイブ・ツー」と読み、五つのパンと二匹の魚の聖書の話から来ています。

2000年代:Reach Records と 116

2004年、ヒューストン生まれのレクレーは25歳でした。青少年のミニストリーで知り合った友人ベン・ウォッシャーと、ダラスで Reach Records を始めます。考えは単純でした。若い人は自分が聴くミュージシャンをまねる。それならキリスト教の価値観を持ったヒップホップのレーベルを作ろう、と。同じ年にレクレーはデビュー作『Real Talk』を出し、翌年 Cross Movement Records が再発すると、ビルボードのゴスペル・アルバム・チャートで29位に入りました。

2005年、レクレーは友人のショー・バラカ、テダシー、トリップ・リーと 116 Clique を結成します。それから数年、Reach の作品は出るたびに売れ行きを伸ばしました。レクレーの『Rebel』(2008年)は、ビルボードのゴスペル・チャートで1位になった最初のクリスチャン・ラップのアルバム。トリップ・リーの『Between Two Worlds』(2010年)は、クリスチャン・アルバム・チャートで1位になった最初のクリスチャン・ラップのアルバムです。

同じころ、フレイムは Cross Movement Records から『Our World: Redeemed』(2008年)を出し、グラミー賞にノミネートされました。前年の2007年には、Cross Movement の最後のツアーにも参加しています。

2010年代:メインストリームのチャートへ

2012年9月、レクレーは『Gravity』を出します。初週に約7万2000枚を売り、ビルボード200で初登場3位。クリスチャン・ヒップホップのアルバムとして、それまでで最も売れた1週間でした。ビッグ・K.R.I.T. やマリ・ミュージック、Reach の仲間たちも参加しています。その年の7月には、Reach と契約したばかりの KB がデビュー作『Weight & Glory』を出し、ビルボード200の34位に入っていました。

翌年、『Gravity』はグラミー賞の最優秀ゴスペル・アルバムを受賞します。ヒップホップのアーティストとして初めての受賞でした。さらに2年後の『Anomaly』は、ビルボード200とゴスペル・チャートの両方で初登場1位。両方で1位になったのは、このアルバムが初めてです。

北西のポートランドでは、Humble Beast というレーベルで別の音が育っていました。ロサンゼルスで育ったプロパガンダは、ラッパーであり詩人でもあり、Tunnel Rats のメンバーでもあります。『Excellent』(2012年)はラップとスポークン・ワードのあいだを行き来する作品です。Beautiful Eulogy の『Instruments of Mercy』(2013年)では、プロデューサーのコートランド・ウルバーノがデジタルで作った音を使わず、アナログ機材と生の楽器だけで、フォーク、エレクトロニカ、賛美歌の旋律をヒップホップに溶け込ませました。

ミシガン州グラッドウィン生まれの NF は、また別の道を歩みました。子ども時代は荒れていて、音楽が逃げ場でした。2015年のデビュー作『Mansion』は生々しく個人的な作品で、のちに RIAA のゴールド認定を受け、2017年の『Perception』はビルボード200の1位になります。彼やレクレー、KB、トリップ・リーのようなアーティストは、自分たちを信仰を公にしたヒップホップ・アーティストだと言い、「クリスチャン音楽」の枠だけに入れられるのを好みません。キリスト教の世界の外でも聴かれたいからです。

系譜をたどって次の一枚を探す

ジャンルの系譜で見ると、クリスチャン・ヒップホップには二つの源流があります。ヒップホップとキリスト教音楽です。ここで紹介するアルバムを聴いたら、上流へさかのぼって、サザン・ラップや西海岸のアンダーグラウンド・ヒップホップのように、この音楽が借りてきたスタイルを聴くこともできます。同じプロデューサーや同じレーベルのほかの作品へ、横に広げていくのもいい方法です。

音楽ジャンルマップでは、クリスチャン・ヒップホップのノードを直接開いて、その源流や近いジャンルを見られます。クレジットやレーベルからレコードを掘る方法は、ディグるとはにまとめました。Cratto でジャンルを開くと、ルーツ、サブジャンル、必聴アルバムをたどれます。下の12枚もそこから選びました。音を出すのは Apple Music です。

クリスチャン・ヒップホップの必聴アルバム12枚

下の12枚は発売順です。Gotee の時代、西海岸のアンダーグラウンド、Cross Movement、Reach Records、Humble Beast をひととおりカバーしています。それぞれ、最初に聴く曲と、聴くときに気にかけたいところを添えました。

KJ-52『Collaborations』(2002年)
KJ-52『Collaborations』(2002年)

まずはエミネムに宛てた手紙〈Dear Slim〉。MTV の『Total Request Live』でも流れました。続けて〈Rise Up〉〈The Choice Is Yours〉を。冗談と自虐と信仰がひとつのヴァースに同居しているところに耳を向けてみてください。

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GRITS『The Art of Translation』(2002年)
GRITS『The Art of Translation』(2002年)

まずはトビーマックも参加した〈Ooh Ahh (My Life Be Like)〉、続いて〈Tennessee Bwoys〉。ナッシュビルの南部らしさにファンクと古いソウルが混ざった一枚で、ダヴ・アワードの年間ラップ/ヒップホップ・アルバムを受賞し、グラミー賞にもノミネートされました。

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Tunnel Rats『Tunnel Rats』(2004年)
Tunnel Rats『Tunnel Rats』(2004年)

ロサンゼルスのアンダーグラウンド・クルーの3作目で、Uprok Records から。この時期からプロパガンダらが加わりました。〈True Underground〉〈Born Again〉から、マイクを次々に回していくクルーの勢いを。

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フレイム『Our World: Redeemed』(2008年)
フレイム『Our World: Redeemed』(2008年)

Cross Movement Records から発表され、グラミー賞にノミネート。〈Joyful Noise〉と、トリップ・リーが参加した〈I Been Redeemed〉から。神学をラップに乗せる Cross Movement 流のやり方がよくわかります。

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レクレー『Rebel』(2008年)
レクレー『Rebel』(2008年)

ビルボードのゴスペル・チャートで1位になった最初のクリスチャン・ラップのアルバム。〈Don't Waste Your Life〉〈Go Hard〉から。タイトルはポップ・カルチャーへの「反抗」の意味で、116 の仲間がほぼ全員参加しています。

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トリップ・リー『Between Two Worlds』(2010年)
トリップ・リー『Between Two Worlds』(2010年)

クリスチャン・アルバム・チャートで1位になった最初のクリスチャン・ラップのアルバムで、ステラー・アワードの最優秀ヒップホップ・アルバムも受賞。〈No Worries〉〈Invade〉から。発音がはっきりしているので、歌詞の組み立てを追ってみてください。

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レクレー『Gravity』(2012年)
レクレー『Gravity』(2012年)

ヒップホップのアーティストとして初めてグラミー賞の最優秀ゴスペル・アルバムを受賞し、ビルボード200で初登場3位。ビッグ・K.R.I.T. が参加した〈Mayday〉、マリ・ミュージックが参加した〈Tell the World〉から。クリスチャン・ヒップホップがメインストリームに入った一枚です。

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KB『Weight & Glory』(2012年)
KB『Weight & Glory』(2012年)

Reach と契約した KB のデビュー作で、ビルボード200の34位に入りました。〈Zone Out〉と、レクレーが参加した〈Church Clap〉から。勢いのあるビートで、運転中や運動中にも合います。

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プロパガンダ『Excellent』(2012年)
プロパガンダ『Excellent』(2012年)

Humble Beast から発表され、ビルボードのゴスペル・チャートで7位。タイトル曲と〈Precious Puritans〉から。ラップと詩の朗読のあいだを行き来するので、歌詞を見ながら聴くのがおすすめです。

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Beautiful Eulogy『Instruments of Mercy』(2013年)
Beautiful Eulogy『Instruments of Mercy』(2013年)

ポートランドの3人組の2作目で、アナログ機材と生楽器だけで作られています。〈Vital Lens〉と幕開けの〈Cello from Portland〉から。フォーク、エレクトロニカ、賛美歌の旋律がヒップホップのなかに溶け込んでいます。

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レクレー『Anomaly』(2014年)
レクレー『Anomaly』(2014年)

ビルボード200とゴスペル・チャートの両方で初登場1位。両方で1位になったのはこの作品が初めてです。BET ヒップホップ・アワードにノミネートされた〈Nuthin〉から、続けて〈Welcome to America〉〈Outsiders〉を。

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NF『Mansion』(2015年)
NF『Mansion』(2015年)

NF のデビュー作で、のちに RIAA のゴールド認定を受けました。タイトル曲と〈Wait〉から。歌詞は生々しく個人的です。ひとりで静かに聴きたい一枚です。

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ジャケットは Apple Music 上のものです。

よくある質問

クリスチャン・ヒップホップとゴスペル・ラップは同じもの? ほぼ同じです。この音楽ははじめゴスペル・ラップと呼ばれ、いまはクリスチャン・ヒップホップやクリスチャン・ラップのほうがよく使われます。ホーリー・ヒップホップと呼ぶ人もいます。

最初のクリスチャン・ヒップホップのアルバムは? 一般にはスティーヴン・ワイリーの『Bible Break』(1985年)とされています。それ以前のシングルもありますが、最初のフル・アルバムとして最もよく名前が挙がるのはこの作品です。

最初の一枚はどれがいい? いちばん影響力のあった姿を聴くならレクレーの『Gravity』。もっと古く、バンドらしさのある音なら GRITS の『The Art of Translation』。まったく違う音を聴きたいなら Beautiful Eulogy の『Instruments of Mercy』です。

参考